投書者file.009:吉富忠干

略歴

吉富忠干は、海軍省の少尉補、のち工部省の官員。長崎県士族。生没年不詳。かつて永田町にあった鍋島邸建築時の現場主任を務めた。

投書

『朝野新聞』1875年7月7日

吉富の投書は1件のみ。その投書は、「貴社新聞第560号の論説を閲するに」という一文から始まることから推測できるように、同月2日に投書と同じ『朝野新聞』に掲載された論説に対する批判である。

最初にこの「第560号の論説」の内容をかんたんに記しておくと、政府は「文学」(今日の学問のこと)に対する支出を減らそうとしているが、「今日我が国に於いて急務とすべき」は「文学を興張するの一途」である。教部省や宮内省、陸海軍などの予算を削ってでも学問の振興に努めるべきである、というものだ。

この主張を吉富は批判する。

「〔論説について〕我が輩大に間然〔批判・非難〕なきにあらず。如何んとなれば、夫れ兵は百年にして用いずと雖も、又一日にして啓かざるを得ず。国家一日も不ㇾ可ㇾ欠ものは兵備也。」

吉富は、論説のなかでも、とくに「兵」を削ってもよいという主張に反対している。その理由について、吉富は次のように述べる。

「之を人身に譬ふるに、気脉〔脈〕あって精神なくんば自主の権を保つ能はず。国家に兵制の備なくんば立法の権も恐らくは能く之を保つこと能はず。況んや方今各国交通の際に於ておや。……夫れ親信国と雖も、国脉〔脈〕盛衰の際を窺ふは、凡そ萬国の通情なり。況んや方今魯国の我が北辺を覬覦〔きゆ=身分不相応なことをうかがい望むこと〕するここに日あり。」

つまり、兵備がなければ国家の独立を保つことは難しい。親しく交流のある国同士であっても、互いの隙をうかがうのは通例であり、まして最近ではロシアが北海道を狙っている。だからこそ兵備、とくに日本においては海軍が重要なのだという。

「海軍の盛大にして国威を耀かし、事を未前〔然〕に禦がんこと、実に即今我が国重大の急務とす。」

前回の「遊佐高開」の投書でも、北海道に対するロシアの脅威が述べられていたように、明治初年はロシアの南下が警戒されていた。吉富もまた同様の認識に立ち、論説を批判したのである。

「然るを論者何の臆測あって軍備の過度を以て費用減縮の説を吐くや。論者何ぞ国家憂情の偏なるや。……前件の一議〔軍備縮小を指す〕に至っては大に全国人民の気力に関する所にして、置て問はざるを得ず。論者以て如何とす。併て大方諸彦の明諭を乞ふ。 芝湊町 吉富忠干」

吉富は、この投書の翌年の官員録によれば、海軍省に少尉補として出仕している。投書時点で入省していたかどうかは定かでないが、いずれにせよ、軍隊(海軍)への関心の高さが、投書執筆の動機であったと考えられる。

なお新聞の論説(社説)を批判する投書が、論説が掲載されたのと同じ新聞に載ることは、今日では想像さえ難しいことだが、当時はこれが普通であった。このことは、(ある意味では)この時期の「新聞」という言論空間が人びとに対して開かれていたということを示している。

参考資料

各種官員録

調査した範囲では、吉富の名は、1870年代に発行された4件の官員録に掲載されていた。

最初の官員録では、本籍が「佐賀」となっているが、その後はすべて「長崎」となっている。この時期は佐賀と長崎の範囲が流動的だったが、最終的には長崎が吉富の本籍となったと思われる。

  1. 『官員録』(明治9年2月改正、西村組)
    海軍省「少尉補」佐賀
    ※所蔵:国立国会図書館
  2. 「工部省職員録」(明治9年12月、出版者不明)
    工部省工学寮「14等出仕」長崎県士族
    ※所蔵:国立国会図書館
  3. 『官員録』(明治10年8月、日暮忠誠編、擴隆舎)
    工部省工作局「10等属」長崎
    ※所蔵:国立国会図書館
  4. 『改正官員録』(明治12年、彦根貞編、博公書院)
    工部省工作局「9等属」長崎
    ※所蔵:国立国会図書館デジタルコレクション

その他

ネットで検索すると、いくつか断片的な情報が出てくる。

情報をたどっていくと、国会図書館がネット公開している、1893(明治26)年の『造家学会会員住所姓名表』(滝大吉編、明治廿六年十二月調、建築雑誌84号附録)に行きあたった。この姓名表の「準員」内「よ」の部に、吉富の氏名と所属が記載されていた。吉富の所属は、「長崎県佐瀬保鎮守府建築部」となっている。

※所蔵:国立国会図書館デジタルコレクション

投書一覧

  1. 『朝野新聞』1875(明治8)年7月7日
    無題(第560号論説への批判)
北海道

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