コレラ編#01:政府布告等

現在、新型コロナウイルス感染症が世界的に流行しているが、明治時代にも伝染病は数多く存在した。当ブログが扱っている年代(1870年代)には、コレラが日本で大流行し、コレラについての記事や投書が新聞紙面を覆いつくす時期もあった。そこで、今回から当面の間、コレラに関する記事や投書を、ランダムに紹介していく。

布告等

1877年、日本でコレラが流行した。明治に改元して以来、初めてのことであった。明治以前、江戸時代では、安政年間のコレラ流行が有名である。

1877年9月の『東京日日新聞』に掲載された「内務省録事」は、海外でコレラが流行しはじめ、それが日本にも流入してきた時期に出された内務省の布達である。

『東京日日新聞』1877年9月1日

内務省録事
○乙第79号   府県 東京府を除く
虎列刺病予防法心得別冊編製相達候條、実地流行之際に於ては更に該法を考訂斟酌して、臨時相達候儀も可有之候得共、予防方法之儀は、病毒侵入之前、予め注意を要する事件不尠に付、為心得、此旨相達候事
  明治10年8月27日 内務卿大久保利通

内容はおおよそ次のとおり(多少意訳あり)。

コレラ予防の心得をまとめた冊子を公布するが、実際に流行しはじめた際は、実態に合わせて臨時の布達を出す可能性もある。しかし予防法の冊子には、コレラが入ってくる前の注意事項がいろいろ書かれているので、心得のためお知らせする。

『朝野新聞』1877年9月19日

さて9月になると、全国各地にコレラ患者が発生するようになる。以下の「内務省衛生局録事」は、鹿児島や神奈川でコレラが流行が始まっていることを伝えている。

内務省衛生局録事
鹿児島県下谷山郷に於てコレラ病流行の趣電報、神奈川県下横浜並神奈川駅に於て同様流行の趣上申あり。付ては衛生局第五号報告に示せる養生法等を守り、能く其身の保護に注意あらんことを要す
 明治10年9月18日

これは分かりやすいだろう。後段にある「養生法」は、さきの「予防法心得」とほぼ同時に出されたもので、個々人がコレラ予防のためにすべきことなどが示されている。

『郵便報知新聞』1877年9月21日

コレラ流行を目前にして、人々の関心はコレラからいかにして逃れるかということに集中した。すると人びとの足元をみる不逞の輩もあらわれる。

東京警視本署録事
○乙第24号 区長戸長
虎列刺病伝染の徴候有之に付ては、第一、石炭酸必用の薬品に候処、此機に臨み、一己の利欲を謀り代価を騰貴し、販売の者有之候ては不相成候條、薬店営業の者へ至急諭達可及此旨相達候事
但、格外の代価を以て販売の者於有之は、糾問を遂げ処分可申付候條、此旨可相心得事
明治10年9月20日 大警視川路利良

「石炭酸」は、コレラ患者の吐瀉物などを消毒するために用いられた薬品で、コレラ除けのまじないにもされるほど、その効き目が信じられていた。この石炭酸を高値で売りつける者は「糾問」して「処分」するという布達である。

コレラ流行の報とともに、石炭酸の価格が高騰し、これに乗じてひと儲けしようとする輩もいたのだろう。それを受けてこの布達が出されたと思われる。

現在もマスクやアルコール消毒液などを高値で転売する輩が問題となっているが、21世紀も19世紀も人間の中身は大差ない。

次回は投書を紹介する予定。

石川

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