投書者file.018:武藤凰六
目次
略歴
武藤凰六は、大蔵省横浜税関の職員。福岡県士族、生没年不詳。
投書
武藤の投書は2件ある。1件目の投書は、『横浜毎日新聞』に1876年3月29日に掲載された。2件目はその2日後の『郵便報知新聞』に掲載されている。他の投書でもそうであったように、2つの投書の掲載日が近い場合、内容が同じであることが多い。武藤の投書も例に違わず、2件の投書はだいたい同じ内容である。そのため、最初に掲載された『横浜毎日新聞』の投書のみ全文を紹介する。
『横浜毎日新聞』1876年3月29日
税関職員として働く武藤は、外国貿易の「専門家」だった。その武藤の目に貿易がどのように映っていたか、それがよくわかる投書である。
冒頭で武藤は、今はどのような時代かと問う。それは「真綿で首を絞める」時代なのだと言う。
○方今は如何なる時ぞ、眞綿で首を絞る世体と云はざるを得ざるなり。何をか眞綿で首を絞る世体と云ふ。
それはなぜか。以前は武力によって外国を略奪する時代だった。しかし今は貿易がそれに取って代わった。貿易によって外国を略奪する時代となったのである。
昔日は兵力を逞ふして、他國に侵入し、降虜を以て奴隷虐使し、其所産を奪ひ、其貨財を掠むるを以て、無上の鴻圖〔こうと=大きな計画〕とす故に、勇猛以て天下に驕ることを得たり。
現今〔に〕至りては、事甚だ稀なり。蓋し当今の攻繋法たる全く一変し、工業以て之れを襲ひ商業以て之れを攻め、而して他國の財貨を略奪することとはなれり(斯く云ふたら固陋の人は夫れだから貿易は廃すが好し、交際はせぬが好しと云かも知れねど、夫は交際貿易より生ずる利益を知らざる井蛙先生と云はざるを得ず)。
「器械」が作る「織物製器」をむやみに買いこむうちに落ちぶれていく。戦場で弾丸を受けて死ぬのと同じである。
今時開化國の器械は猶ほ昔日の大砲の如く、然り而して此大砲より射出する弾丸即ち織物製器の用不用を計らず、不知不識無暗に買込み、夫れが為めに不開化國の人民は貧屡飢渇に迫まり、終には落魄餓死するに至る。何ぞ戦場に於て彼の弾丸の爲めに死するに異ならんや。
だが頑固な愛国者は貿易の危険に気付かず、兵備に金をただ浪費するのみである。
膠柱〔こうちゅう=融通のきかないこと〕愛國者は、此工業攻撃貿易強奪は只平穏の有利無害の物とのみ思ひ恬として悟らず高枕安眠して、而かも只不急の兵備、不急の砲塁等を築くに莫太の募金を浪費し、其独立を謀る眞の防守者(工業貿易を鼓舞する人)を豪末も助力することを知らず。
今はそのような愛国者はもはや不要であり、工業貿易に力を尽くすのが真の愛国者である。
膠柱愛國者よ、汝は昔者の人物にして、今は不用の人物となれり。譬えば弓矢は昔日欠く可からざるの用物なるも、今にして無用の長物となるが如し(偶には遊藝人の玩物になるにもせよ)。然れども愛國者に両様なければ、今より旧防守策を次にし、工業貿易を率先鼓舞し、以て之に当り、人民をして彼大砲の的とならざるを得せしめば、眞の愛國者たる名に愧〔はじ〕ることなきなり。
時代がこのような情勢となっても、頑固な愛国者は動こうとしない。私が真綿で首を絞める時代だというのも、当然のことではないだろうか。
斯る形勢に迫れるも、尚膠柱愛國者の苟且〔こうしょ=なおざり〕にして奮起せざる故に、予が眞綿で首を絞る如き、白刃入らずの戦争世体と云ふも、豈宜べならずや。愛國者の心慮を少しく煩はし、且江湖經濟先生の高諭を伏て仰く。 横濱相生町覇留 武藤鳳六
このように武藤は、「戦争」の手段が武力から貿易へと大きく変わったことに警鐘を鳴らす。大蔵省横浜税関の職員であった武藤にとって、欧米諸国から日々輸入される「織物製器」は、たんなる目新しい文明の利器ではなく、国家の存立をおびやかす「弾丸」だったのである。
ところで武藤は税関職員として貿易の問題を熟知していた。いわばその方面の「専門家」として投書している。この時期の新聞に掲載されている投書は、投書者自身が直接関わっている問題について論じていることが多い。このことは、これまでブログで紹介した投書を見て頂ければわかると思う。その一方で現代は、いわば素人が社会問題一般について投書していることが多いように思われる。この点はおそらく、当時と今日の投書の大きな違いのひとつといえるだろう。
参考資料
官員録
・『大蔵省職員録』(明治12年2月、大蔵省編)
大蔵省 横浜税関「9等属 武藤凰六 福岡県士族」
※所蔵:国立国会図書館デジタルコレクション
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投書一覧
- 『横浜毎日新聞』1876(明治9)年3月29日
無題(貿易戦争) - 『郵便報知新聞』1876(明治9)年3月31日
無題(貿易戦争)

